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福岡高等裁判所 昭和37年(う)836号 判決 1964年5月13日

被告人 瀬戸慶一郎 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人等三名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人等三名の弁護人立木豊地、同衛藤善人、同坂本泰良、同斎藤鳩彦、同重松蕃、同尾山宏連名提出及び被告人等三名提出の各控訴趣意書並びに検察官子原一夫提出にかかる熊本地方検察庁検察官検事斎藤正義名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一、弁護人等の控訴趣意第一及び被告人等の各同趣意(但し、被告人瀬戸慶一郎の同趣意中三を除く。)(いずれも事実誤認の主張)について。

よつて記録及び原審で取調べた証拠を調査検討し、なお当審における事実取調べの結果をも参酌して考察するに、原判決挙示の証拠(但し、証人山本勲の原審公判廷における供述を除く。)を総合すると同判示のとおりの事実を肯認することができ、証拠の取捨判断にも右除外にかかるものを除けば格別違法又は不当とすべき廉あるを見ない。尤も弁護人等所論の如く、被害者たる原判決挙示の証人月田茂馨、同今田三七男、同塚本知己の各証言によつても、被告人瀬戸慶一郎自身の直接的暴行々為を明確に指摘し得ないけれども、本件所為は、決して所論の如く一部の者達の無責任な行動に基づく偶発的犯行とは認められず、また同被告人はこれとは全く無関係で、ひたすら話合の場を求めたにすぎないものとも認め難く、むしろ、かねて本件学力調査の実施に強く反対していて、前夜来同調査用紙の学校への搬入阻止などの目的で本件荒尾第三中学校に泊り込んでいた被告人等が校長来るの声や警笛に、同じく前夜来同校に泊り込んでいた同中学校職員及び応援の荒尾市教職員組合員等二十名位と共に、同校職員室建物玄関にかけつけ、(但し、被告人内田政友は当初から右玄関廊下横の校長室にいたものであるが、)性急にも暗闇に乗じ遮二無二同調査用紙の同校搬入を阻止すべく意思相通じ一丸となつて原判示所為に及んだものと認められるので、被告人瀬戸慶一郎も他の被告人同様、これと無関係どころか、共に共同正犯の責を負うべきは当然である。従つて、また、右証人月田茂馨、同今田三七男の各証言では被告人山村美明の実行々為を窺うことのできないことは弁護人等所論のとおりであるけれども、同被告人に関する証人塚本知己の原審第四回公判調書中の供述記載は、これを人違いしているものとは認められず、むしろ措信するに足るものと思われ、これによると同被告人は、月田校長及び今田教育長に続いて学力調査用紙の梱包を抱え職員室内に入つた塚本知己に対し、梱包の反対側の綱を握つて玄関口の方に同人を振り向け、他四、五名の者と共に梱包を引つ張つたり、その肩を押したりして同人を玄関口に押し戻したことが認められるので、同被告人も少なくとも右月田、今田等が職員室に入つた直後頃には既に同所に来合わせており、しかも真先に塚本知己を押し戻す行為を実行しているのであるから、その後の同被告人の行動とも総合すると、本件所為につき共同正犯の罪責あること明らかである。そして又右証人月田茂馨、同今田三七男の各証言、裁判官の証人栗崎巖に対する尋問調書、同人の原審公判廷における証言及び押収の「学力テスト」と題するメモ一枚(証第六号)によると、被告人内田政友は、校長室内にあつて、月田校長が北側出入口の扉を廊下側から引き開けようとした際、栗崎巖と共に内側から右扉を引いて閉ざした事実が認められ、(右認定に反する同被告人の原審公判廷における供述は措信できない。)右事実に徴しても、同被告人は廊下側における学力調査用紙搬入阻止の事情を十分察知しており、その上でこれと意思を同じうして右所為に及んだものと推認せられるので、同被告人にも本件につき共同正犯の罪責あること勿論である。従つて原判決が挙示の証拠(証人山本勲の原審公判廷における供述は除く。)により同判示のとおり認定したのは相当であり、原判決には所論のような事実誤認の違法あることなく、もとより審理不尽その他の違法も存しないので、論旨はいずれも理由がない。

二、弁護人等の同趣意第二の一(法令適用の誤りの主張)について。

よつて按ずるに、刑法第九五条第一項の保護法益は公務員によつて執行される公務であるから、その公務は同法条により保護されるに値するものでなければならず、その為には公務員の職務の執行は適法でなければならないことは勿論であるけれども、いやしくも公務員がその与えられた抽象的職務権限に属する事項に関し、法令に準拠してその職務を執行したものである限り、たとえその法令の解釈適用において誤りがあつたとしても、真実その法令に基づく職務の執行と信じてこれをなしたものであり、且つ一般の見解上もこれを公務員の職務の執行々為と見られるものであれば、なお一応適法な職務の執行々為として刑法による保護の対象たり得べきものと解する。これを本件について見るに、記録によると、本件全国中学校一斉学力調査は、文部省が地方教育行政の組織及運営に関する法律(以下単に地方教育行政法と略称する。)第五四条第二項の、文部大臣は教育委員会に対し、都道府県教育委員会は市町村教育委員会に対し、それぞれの担当区域内の教育に関する事務に関し、必要な調査、統計その他の資料又は報告の提出を求めることができる旨の規定に基づき、熊本県教育委員会に対し昭和三六年一〇月二六日における全国中学校一斉学力調査実施結果の報告を求めたので、同県教育委員会は同法条項にもとづき更に荒尾市教育委員会に対し同様の調査報告を求め、よつて同市教育委員会は学校管理及び教育に関する調査報告事務等の管理執行権限を定めた同法第二三条第一号、第五号、第一七号、第三二条によりこれが調査の実施を決定して管内各中学校長に対しこれを実施してその結果の報告方を求めたものであること、及び今田三七男は荒尾市教育長で教育委員会の指揮監督の下に同委員会の権限に属するすべての事務を掌るものであり(地方教育行政法第一七条第一項)、月田茂馨は荒尾第三中学校長で校務をつかさどり(学校教育法第四〇条、第二八条第三項)、塚本知己は荒尾市教育委員会事務局職員で上司の命を受けて事務に従事しているものであり、同委員会が前示のとおり本件学力調査の実施を決定しその旨管内各中学校長に通達がなされて月田校長は同中学校におけるこれが実施責任者を命ぜられ(地方教育行政法第四三条第一、二項、地方公務員法第三二条)、塚本知己も同中学校における学力調査の立会人兼補助者を命ぜられた(前示地方教育行政法第一九条第五項、地方公務員法第三二条)ものであるので、本件学力調査用紙の搬入行為は学力調査の準備行為として右月田、今田、塚本等の抽象的職務権限に属する事項に含まれ、且つ法令に準拠した職務の執行々為と一応解することができる。

しかし本件全国中学校一斉学力調査は、その期日、時間割、調査教科、問題作成、実施手続及び結果の利用方針等の一切は文部省当局において予め詳細に定め、その上で前示法条に基づき調査結果の報告が順次求められたものであることも証拠上明らかなところであるので、その実質において種々の問題点を包含している。先ず第一に、地方教育行政法第五四条第二項はもともと右の如き調査要求を予想しておらず、強いていえばむしろ同法第五三条第二項にもとづき調査事務を機関委任するの方法によるべきであつたと考えられる。しかしそれよりも第二に本件学力調査は全国一斉に行う五教科悉皆調査で学習指導要領の到達度を見るものである、とされているので、通常の行政的事実調査の域をはるかに超える学力検査、学力テストの実質をもち、これを右のような調査事務の性質をもつものとして行うのは無理を強いる嫌がある。のみならず第三に、文部大臣は学校教育法第三八条、同法附則第一〇六条により中学校の教科に関する事項を定める権限を有するものであるが、その権限は教育課程の大綱的な国家基準設定権に止まると解するのが相当であるので、文部大臣が全国一斉学力調査の試験問題作成権を有するかは疑わしい。その上右試験問題は文部省において学習指導要領を法的基準とし、問題作成委員会の手で作成されているが、この点も亦決して妥当とはいい難い。その他本件学力調査の実施手続にも当日の授業計画の変更命令、テスト補助員の任命等重要な問題を内包しているのであつて、これを要するに、かかる全国中学校学力一斉調査をしようとするならば、よろしく特別の根拠規定を新設整備することを要しこれなくして、単に既存の前示関係法規の解釈に拠らうとしたのは失当であつて被告人等教職員の強い反対を呼んだ所以でもあると思われる。

しかしながら前示今田三七男、月田茂馨及び塚本知己はいずれも本件全国中学校一斉学力調査を前示各法令に準拠したものでなお適法なものと信じ、且つその準備行為として調査用紙を学校に搬入することは、正当な職務の執行々為であるとしてこれをなしたものであり、所論にいわゆる教育公務員社会の一般通念の存在の有無はとも角、なお一般の見解上もこれを公務員の職務の執行々為と見られ、その搬入の時期方法当も当時の諸情勢上緊急やむを得なかつたものであること原判決説示のとおりであるので、これをなお刑法第九五条第一項にいう職務の執行に当ると解するのが相当である。果してそうだとすると、これをもつて所論にいわゆる教育権の独立を守り実施せらるべき平常授業に対する急迫不正の侵害ということはできないので、被告人等の本件所為をもつてこれが正当防衛行為とするを得ないことは多言を要せずして明らかである。原判決の説示するところもこれと結論を同じくするものであるので、その判断は結局相当とすべきであり、原判決には所論のような法令適用の誤りは存しない。所論は要するに独自の見解にもとづき原判決の正当な判断を非難するもので、到底採用できない。

三、弁護人等の同趣意第二の二及び被告人瀬戸慶一郎の同趣意中三(いずれも法令適用の誤りの主張)について。

しかし、国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他国政の上で最大の尊重を必要とするものであるから、憲法第二八条が保障する勤労者の団結権、団体交渉権その他の団体行動をする権利も公共の福祉のために制限を受けるのはやむを得ないところである。殊に公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のため勤務し、且つ、職務の遂行に当つては全力をあげてこれに専念しなければならない(地方公務員法第三〇条、国家公務員法第九六条第一項)性質のものであるから、団結権、団体交渉権等についても、一般に勤労者とは違つて特別の取扱を受けるのは当然であること、他人に対し権利を有する者が、その権利を実行する行為は、それがその権利の範囲内であつて、且つその方法が社会通念上一般に許容される限度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、その行為が右の範囲又は程度を超えるときは、違法となり犯罪を構成することがあるべきこと、及び地方公務員法第五八条第一項によれば、労働組合法は職員(本件の場合荒尾市教職員組合)に関しては適用されない旨定めているから、労働組合法第一条第二項の規定も適用ないし準用はなく、また地方公務員法第五五条第一項にいう交渉も、労働組合法において認められた団体交渉権ではないことは、すでに最高裁判所判例の示すところである。(昭和二四年(れ)第六八五号、同二八年四月八日大法廷判決、刑集七巻四号七七五頁、昭和二四年(れ)第一六二二号、同二八年六月一七日大法廷判決、刑集七巻六号、一、二八九頁、昭和三五年(あ)第二八六〇号、同三七年一月二三日第三小法廷判決、刑集一六巻一号一一頁。)

そして被告人等の本件所為は、原判決が証拠によつて認定しているとおりであつて、被告人等は荒尾市教職員組合員二十名位と互に意思を通じ共謀の上、学力調査用紙を搬入しようとしていた同市教育長今田三七男、荒尾第三中学校長月田茂馨(テスト責任者)及び同市教育委員会事務局職員塚本知己(テスト立会人兼補助者)の身体に対し直接、間接に不法な攻撃を加えたものであるから、たとえその目的は所論のとおり正当であつたとしても、その所為は社会通念上一般に許容される限度を超えるものであつて、到底正当な行為であるとはいい難い。果してそうだとすると、被告人等の本件所為につき所論のような違法性を阻却すべき事由ありとするに由なく、又記録を精査するも、被告人等に対し、本件の場合原判示所為に出でないことを期待することは不可能であつたとすべき事情も認められないので、その責任を阻却すべき事由あるものとするを得ない。これと結論を同じくする原判決の判断は結局相当とすべく、原判決には所論のような法令適用の誤りは存しない。所論は原判決の認定するところと異る独自の事実を前提として原判決の正当な判断を非難するものであり、理由がない。

四、弁護人等の同趣意第三(訴訟手続の法令違反の主張)について。

記録を調べて見ると、原判決は同判示事実認定の証拠として証人山本勲の原審公判廷における供述を掲げているが、山本勲は原審公判廷において証人として取調べられた形跡がないので、同人の原審公判廷における供述は存在しないこと正に弁護人等所論のとおりである。従つてこれを単なる誤記に非ずとすれば、原判決は虚無の証拠を事実認定の資料としたことになり、刑事訴訟法第三一七条に違反する。しかし虚無の証拠は、これをいかに証拠の標目に掲げようとも、単に名目が存するだけでその内容を全く備えないものであるから証拠資料としては無意味であつて事実認定には何等影響あるものではないから、右違法は判決に影響を及ぼすことの明らかな場合に当らないこと勿論である。論旨は理由がない。

五、検察官の同趣意(量刑不当の主張)について。

しかし記録に現われた事犯の態様、これに対する各被告人の関与状況及びその原因動機、犯行後の情況並びに各被告人の閲歴、家庭の情況等総合して考量すると、所論の諸事情につき十分参酌しても原判決の被告人等に対する各刑の量定をもつて軽きにすぎ不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条に則り本件各控訴を棄却すべく、当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項、第一八二条により全部被告人等三名の連帯負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木亮忠 木下春雄 天野清治)

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